2012年に開館し、今年で10周年を迎えるすみだ水族館と京都水族館は、年間合わせて200万人以上が訪れる人気の水族館だ。
すみだ水族館には、クラゲを上から直接覗くことができる珍しい水槽がある。その他にも、小笠原の海を徹底的に再現した大水槽や、広く開放的なペンギンプールなど、展示へのこだわりが垣間見える。
2つの水族館を経営するオリックス水族館は、2021年12月20日にサステナビリティ推進プロジェクト「AQTION!(アクション)」をスタートした。
今までにも地域の日常に寄り添い、社会とのつながりを重視してきたすみだ水族館は、どのようにしてSDGsに取り組むのか。
今回はすみだ水族館を運営するオリックス水族館株式会社の執行役員である岩丸氏と、すみだ水族館企画広報チームの鷲田氏を取材した。
水族館事業がこれまで担ってきたSDGsの取り組みに加えて、これからの時代にできることは何か。「AQTION!(アクション)」の具体的な取り組みとその想いを伺う。
見出し
目指すのは日常に溶け込む身近な水族館
ーー自己紹介をお願いします。
岩丸:オリックス水族館株式会社で執行役員を務めています、岩丸です。3年ほど前から、京都水族館とすみだ水族館の水族館事業を担当しています。
鷲田:すみだ水族館企画広報チームの鷲田です。水族館が大好きで、これまでにも他の水族館で勤務した経験があります。
ーーオリックスの水族館について教えてください。
岩丸:江ノ島水族館(現 新江ノ島水族館)の再生事業に携わったことをきっかけに、10年前にオリックスで水族館事業を開始しました。
2012年3月に京都水族館を、同年5月にすみだ水族館をオープンしました。2022年は開館10周年ということで、両館で記念イベントを開催しています。
ーーすみだ水族館はどのような水族館を目指しているのでしょうか?
岩丸:目指しているのは「公園みたいな水族館」です。
一般的な水族館とは異なり、すみだ水族館は順路が決まっていないため、水槽の前に設置してあるソファでじっくりと水槽を観察したり、気になった水槽に戻ったりと思い思いの楽しみ方ができます。
年間パスポートも気軽に何度でもお越しいただけるような料金設定となっており、近隣の方の所有率が大変高いです。
公園に遊びに行くような感覚で、水族館という場所を日常生活に組み込み、生活を豊かにしたいという想いがあります。
いきものもスタッフも「近づくと、もっと好きになる。」
鷲田: すみだ水族館では「近づくと、もっと好きになる。」をコンセプトに、お客さまが飼育スタッフと直接コミュニケーションを取れる場作りを目指しています。
そのために例えば、飼育スタッフは毎月1回演出家から講習を受けていて、お客さまにとって心地よい声のボリュームや動作を勉強しています。
すみだ水族館にはバックヤードがほとんどなく、飼育スタッフの日常作業も見ていただけます。飼育スタッフがお客様に積極的に話しかけたり、お客さまが飼育スタッフに質問しやすい環境をつくったりと、会話を通じた感動や発見も生まれます。
「人に伝える」ことをミッションにおいている点も、すみだ水族館の特徴の1つです。
ーー水族館でいきものと触れ合うことで、SDGs 目標14「海の豊かさを守ろう」などのSDGsの目標の重要性を再認識する機会になりそうですね。
岩丸:展示を通して、同じ地球の一員である海洋生物との関わりや水の重要性などを感じてもらいたいと思っています。
地球環境の重要性を子どもたちに伝え、何か気づきを得られるような展示を意識しています。
SDGsにおける水族館の重要性
ーー2021年12月に始動したサステナビリティ推進プロジェクト「AQTION!(アクション)」について教えてください。
岩丸:2021年12月20日から始まった「AQTION!(アクション)」には「AQUARIUM(アクアリウム)」から「ACTION(アクション)」をはじめようという意味が込められています。
「未来へ伝える、未来にのこす」をキャッチフレーズにプロジェクトを展開しています。
これまでの水族館の活動をサスティナビリティの視点から伝えることに加え、水族館だからこそできるアクションを実行していくことで、未来を担う子どもたちの視野を広げるきっかけをつくる活動です。
主に教育、文化継承、地域共生、希少生物の保全といったカテゴリーがあります。
ーーどのような課題意識から「AQTION!」が始まりましたか。
岩丸:水族館は、レクリエーション施設であると同時に、種の保存、環境教育、調査研究を行う場です。
種の保存、環境教育、調査研究はお客様からはあまり見えない部分ですが、水族館の使命であり、地球環境の保全においても大切なことです。
お客様から見えにくかった活動を多くの人に知ってもらうことが、結果的にサステナブルな未来をつくることにつながるのではという想いから「AQTION!」が始まりました。
楽しみながら考えるきっかけを|「未来へ伝えるAQTION!」
ーー「AQTION!」の具体的な内容について教えてください。
岩丸:「AQTION!」では大きく5つの取り組みをしています。
1つ目は、主に小学生以下のお子さま向けの、楽しく遊びながらいきものや地球について考えられるような体験プログラム「アクアアカデミー」です。
鷲田:「アクアアカデミー」の取り組みの1つに毎日開催される参加無料のワークショップがあります。
すみだ水族館は親子連れのお客様が非常に多く来館します。親子で参加していただけるこのワークショップには1日平均200組もの親子が参加しています。ワークショップはこれまでも実施していましたが、AQTION!を立ち上げるにあたってSDGsや環境に興味を持つきっかけがつくれるよう、内容を見直しています。
例えば、オットセイパズルはすみだ水族館で飼育しているオットセイ4頭の顔が印刷されています。このパズルを楽しんでいただくことで、オットセイも人間と同じようにそれぞれの個性があり、同じように生きているということに目を向けてほしいという思いで制作しました。
また、「アクアマイスター」という年間パスポート会員が参加できるプログラムも実施しています。
館内のいきものを観察しながら「検定シート」のクイズに挑戦し、解けた問題数に応じてマイスターバッジを進呈しています。
見る視点を提供することで、来館していただくたびにより気づきが深まるようなプログラムになっています。
さらに、上記2つのプログラムに参加するとそれぞれ「いきものカード」がもらえる仕組みになっています。
カードの裏側には「ちょっと想像してみよう」という項目があり、小さな疑問や気づきを問いかけるような内容が書かれています。
どの施策も楽しみながら、子どもたちの想像力を膨らませるようなプログラムです。
その他にも世界自然遺産の1つである小笠原の環境についてや、すみだ水族館が行っているウミガメの保全活動について伝える「スクールプログラム」を学校で実施するなどをしています。
岩丸:2つ目の取り組みは「東京金魚プロジェクト」です。
すみだ水族館のある東京でかつて栄えた金魚文化を継承していくための取り組みで、さまざまな金魚を展示しています。
鷲田:金魚売りの人たちは、金魚を売った後も金魚の体調を気にして客に声をかけていて、地域のコミュニケーションが生まれていたそうです。
地域共生という観点からも、すみだ水族館が東京金魚プロジェクトに取り組む意義を感じています。
ーー地域共生について、子どもたちと一緒に取り組んでいることはありますか。
岩丸:墨田区青少年育成委員会さんが主宰の「“夢”実現プロジェクト」に参加し、子どもたちの学習や夢を手伝う取り組みをしています。
鷲田:「“夢”実現プロジェクト」は、サイトで募集した子どもたちの夢を、個人や企業が支援し実現しようという活動です。
今回はペンギンの飼育員になりたい、魚博士になりたいという2つの夢を実現させるべくすみだ水族館として協力しました。
これからも一人ひとりのお子様の将来に向き合う活動もしていきたいと思っています。
岩丸:以上の「アクアアカデミー」「東京金魚プロジェクト」「地域の子どもとのつながり」の3つの取り組みが「未来へ伝えるAQTION!」になります。
その他にも、「未来へのこすAQTION!」として、絶滅の危機に瀕した日本固有の生物の保全や、小笠原村と連携したウミガメの放流事業を行っています。
大切なのはできることから継続していくこと
ーーSDGsの専門的な視点を取り入れるためにアドバイザーの方を招かれているとお聞きしました。
岩丸:アドバイザーとして、ESD(持続可能な開発のための教育)の権威である阿部治先生と、子どもの育ちとあそびの専門家であるしみずみえ先生のご協力をいただいています。
鷲田:水族館の社会的意義や実際のSDGsへの取り組みをどのようにお客様に伝えたらいいか、年齢に応じてどう伝えれば良いのか、アドバイスをいただきながら目標を設定しています。
ーーSDGsへの取り組みをしていく中で変化はありましたか。
岩丸:はじめはSDGsを推進する上で何をすべきなのか悩みましたが、水族館の存在意義は、私たち人間と一緒に地球に生きるいきものと環境の大切さに気づいてもらうこと、そのきっかけを与えることだと思います。
まずは水族館事業者としてできることを1つずつ積み重ねることが大切だと感じるようになりました。
取り組みを地域や企業に届けたい
ーー最後に今後の展望について教えてください。
岩丸:オリックス水族館として「AQTION!」を進めていくにあたり、より多くの企業や自治体と共に活動していきたいと思っています。
多くの方に協賛・協業いただくためにも、我々の活動を発信していくことが課題です。
鷲田:水族館で取り組んでいることを発信していくだけではなく、民間の企業様や、お客様、自治体に「AQTION!」に関わっていただくことで、より多くの人にSDGsについて考えてもらうきっかけを作りたいと思っています。
また、他の企業にはない水族館の強みの1つは、楽しみの延長にSDGsを感じてもらえるということです。
すみだ水族館と京都水族館合わせて年間200万人以上の方が訪れる中で、「子どもたちに伝える」、「いきものを未来に残す」という2つの目的を楽しみながら伝えられることは大きな意味があると思います。
さいごに
今回の取材を通して、水族館の事業が環境の豊かさを守ることに直結していることはもちろん、それを多くの人に知ってもらい協力していくことが重要だということを改めて感じた。
印象的だったのは「水族館の強みはお客様が楽しみに来ている」という言葉だ。楽しみながらいきものや環境について考えるきっかけを作りたい、何か1つでもいきものについて、環境について考えてみてほしいという想いがとても伝わってきた。
始まったばかりの「AQTION!」、その輪はこれからさらに大きくなっていくだろう。
次はどんな楽しい気づきがあるのか、これからもすみだ水族館の取り組みから目が離せない。