株式会社スープストックトーキョーは、全国に約60店舗を構え、「オマール海老のビスク」や「とうもろこしとさつま芋のスープ」をはじめとするスープ商品を提供する会社だ。
店舗ごと・週ごとに変わる多様なスープやカレーのメニューを楽しむことができ、素材の味を大切にしたスープのファンになる人も多い。
今回は、スープストックトーキョーで商品部に所属し、バイヤー・商品企画を務める松尾琴美さんに、食材の調達や商品開発を通したサステナビリティの取り組みや想いについて伺った。
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美味しいスープを届けつづけるために、生産者と「一緒につくる」
ーー自己紹介をお願いします。また、バイヤーはどのような役割を担っているのですか?
松尾:スープストックトーキョーの商品部に所属し、スープに使用する食材のバイヤー・商品企画を担当している松尾琴美です。
一般的なバイヤーは「商品に対して必要なものを買いにいくこと」がメインの仕事になりますが、弊社では、コンセプトを決めた上で面白い食材や美味しい食材を見つけていき、最終的にそれらを「スープとしてどう表現していくか」まで考えていくことが仕事になります。
多くの生産者のお話を身近で聞いている立場なので、お客様に生産者の想いをお伝えできるような商品になるまでを見届ける、大切な役割になります。
ーー生産者とのコミュニケーションの中で大切にされていることはありますか?
松尾:買い手と売り手のような立場ごとの取引ではなく、「一緒につくる」ということを一番大切にしています。
そういった視点を持つことで、自分自身も生産の過程での苦労を体感できますし、生産者側に、食材の出来について一緒に評価を行うことで、食材自体もより良いものができます。バイヤーが最終的にスープの開発に向けて食材を持ち帰りますが、生産者の想いを誰よりもわかっているからこそ、美味しいスープをつくろうと力が入りますね。
ーー「一緒につくる」視点を大切にされているのには、何か理由があるんですか?
松尾:今後も変わらずお客様に美味しい商品を届け続けるためです。
今は、欲しい食材は自分たち次第で手に入る状況ですが、生産者の高齢化によって生産量は減少し、今後は難しくなると予想しています。
将来的に生産量が減った際に、作り手も「誰なら自分達が大切につくったものをお客様に美味しく届けてくれるか」を選んで手渡すようになると思うんです。
そうした時に、すぐに私たちの顔を思い浮かべてもらえるような関係性を築きたい。だからこそ現地に直接出向き、生産者とコミュニケーションをとることを大切にしています。
スープは「もったいない」と相性が良い
ーー社内でサステナビリティについて意識されたのはいつ頃ですか?
松尾:サステナビリティの発信について意識し始めたのは、2021年の秋頃です。
発信するにあたって再度今までの取り組みを整理してみると、私たちがお客様に対して提供するスープそのものがサステナビリティの取り組みだと認識しました。
というのも、スープには、規格外品を煮込んで使用したり一般的に捨てられてしまうような部分を出汁として使用できるので、「もったいない食材」と相性が良い。今まで大事にしてきたことを捉え直し、改めてお客様への発信に重きをおくようになりました。
ーー一般的にはサステナビリティの部署を作る会社もありますが、スープストックトーキョーでは商品・企画がサステナビリティ領域を担当されているのですか?
松尾:そうですね。弊社ではサステナビリティ専門の部署がないですが、私たちがいつものように商品開発を進めていくことがサステナビリティへの取り組みに繋がっていると思います。
スープの開発を担っているシェフとともに、食材に合わせてお客様にどのようなメッセージを届けられるかということを大切に開発を進めています。
未利用魚を使ったスープとは
ーー「サステナビリティ」の取り組みから生まれたスープは、具体的にはどのようなものがありますか?
松尾:「長崎県五島産すり身団子のスープカレー」を2021年に開発し、販売しました。こちらは、魚醤と未利用魚のすり身団子が入ったスープです。
未利用魚とは、「普通に食べることはできるもののサイズが規定外で出荷できない魚」や、「人間が普通に食べられるものの、食用と認識されないまま海から取られていない魚」のことを指します。
私たちは後者の魚に注目し、長崎県五島列島の加工会社に未利用魚の加工を依頼し、何度もやりとりを重ねました。美味しく食べるために手間隙をかけることで、未利用魚のすり身団子が完成、スープの具材として使用しました。
ーー「未利用魚」を使ったスープにはどのような想いが込められていますか?
松尾:サステナビリティについて社内で考えた際に、取り組みだけが先行するよりも、シンプルに「10年後も美味しいものを食べ続けたい」といった私たちの思いを大切にしました。食を扱う会社であるからこそ、何年経っても美味しいものを自分たちも、お客様も食べられる未来を作りたいです。
店舗での調理ができるから、手間をかけたスープの提供ができる
ーースープ開発において、スープストックトーキョーだからこその強みはありますか?
松尾:店舗で一部調理を担っているからこそ、お届けするスープに手間をかけられることが強みだと感じています。
食品を提供する一般的な企業では、正確に決まった規格のもとでお店に流通していくことを大切にするため、提供までの工程に制限が多いこともあります。一方弊社では、一部店内での調理を行っているため、商品に一手間を加えることができ、スープストックトーキョーならではの商品を提供することができています。
ーー「店内調理を行っているからこそ」提供できる商品などはありますか?
松尾:代表的な商品は「梨のラッサム」です。梨の産地である千葉県市川市を訪れた時に、農家の方から「毎年梨を5000t生産しているものの、そのうち10%は規格外で捨てている」と伺いました。
梨は表面に傷がついてしまった時点で規格外になり、傷があると腐食するリスクが高まるため、流通できなくなってしまうそうなんです。「傷があるだけで、中身は美味しい梨が捨てられるのはもったいない。捨てられてしまう前にスープに使えないか」と感じたことが商品開発のきっかけでした。
商品化にあたり、梨の皮を向いてからお客様の提供までに時間がかかってしまうと、衛生上の問題から提供が難しいですが、直接お店で梨の皮をむくことができるので、安全かつ美味しくお客様に提供できる。弊社だからこそ販売できた商品になりました。
ーー今後の展望を教えてください。
松尾:10年後、100年後も美味しいものを食べ続けるために「視点を変えることの大切さ」を多くの方に知ってもらう活動をしていきたいです。
私は、バイヤーだからこそ「食べたことないけれど、もしかしたら食べられるかもしれない」といった発想ができているかもしれません。ですが、普通に生活している中で固定概念を覆すことはなかなか難しいと思います。
わたしたちが提供するスープの美味しさを通じてお客様が気づくきっかけを生み出していきたいです。また、スープストックトーキョーだけではなく、業界全体や他企業を巻き込んだ活動に繋げていきたいですね。
さいごに
食品を提供する会社でのバイヤーの仕事を具体的に知らなかったため、幅広くアンテナをはり、あらゆる方とのコミュニケーションを大切にする姿勢が印象的だった。
また、「スープはもったいないと相性が良い」という言葉にも共感した。たしかに、冷蔵庫に残った具材を煮詰めてスープにしたら、濃厚なだしと具材で美味しさをもう一度楽しめる。
全国、世界中で余っている食材を「廃棄するのではなく、美味しさに変えて届ける」というスープストックトーキョーのあたたかさが伝わってくる取材だった。
今度お店に行く時は、「どこの野菜や食材を使っているのか」や「どんな工夫がなされているのか」を考えながら温かいスープを味わいたいと思う。